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 夫が病気で長期入院しなければならなくなり、主婦だった私が、娘を預けて働くことになりました。そのとき娘はまだ1歳になったばかりでした。
 パートの収入ではやりくりできなかったので正社員になったのですが、当然勤務は毎日です。そのうえ精一杯仕事を片付けて会社を飛び出してもいつも保育時間内ぎりぎり。遅れてしまうこともしばしばで、そんなとき娘は園長室でひとり本を読みながら待っていました。
 娘の体調が悪くても、私たちの実家は両方とも遠く離れているので保育園へ預けるしかありません。登園させて後ろ髪引かれる思いで別れ、「無理をさせたせいで重い病気になったらどうしよう」と不安でたまらず、仕事を終えて娘の無事な姿を見たときは心底ほっとしたものです。
 その頃の私は、そんなふうに娘に対して申し訳ないという気持ちが少なからずありました。でも当の本人は、小学生になった今でも「保育園は良かったなあ」と言っています。親が思うほど子は寂しがっていないものですね。一人っ子の娘は、友だちと毎日たくさん遊べたことがとても楽しかったのです。また、年齢の違う子らと一緒に園生活を過ごすうちにいろんな関係を結べたことも、貴重な思い出になったようです。小さいときは年長の子に遊んでもらい、大きくなると子どもなりに責任感を持って小さい子の面倒をみていました。保育園だからこそできた体験です。そして私も「保育園で良かったなあ」と思えるようになり、気持ちが楽になりました。
 仕事、子育て、家事、そして休日は夫の病院へ面会に行くというハードな日々でしたが、保育園の先生方をはじめたくさんの人に支えていただきました。会社の人たちは、時間が制限されている私を助けてくれて、励ましてもくれました。夫も、闘病生活で一番辛かったはずなのに弱音も吐かず、愚痴ひとつこぼしませんでした。
 そして娘も幼いなりに私を気遣ってくれていたのでしょうか、手がかからない子だったので助かりました。おむつは保育園ですんなりとれ、おねしょをしたこともありません。熱や喘息の発作のときもわがままを言うことなく、じっと耐えていました。私はほかの人に比べて、子育てをした割合がとても少ないのではないかと思います。
 現在は夫も会社に復帰して平常な暮らしに戻っていますが、あの頃のことはたびたび思い出します。大変は状況だったからこそ娘が素直に育ってくれたのではないかと思い、そして私たち家族にやさしい手を差し伸べてくれた人たちへの感謝の気持ちでいっぱいになります。(T・S)
(はっぴーママ東京ベイ・千葉版 10号掲載)

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